総理大臣がゴルフ中に死んで3日目に生き返った時、さすがにみんな驚いたけど、
「不要不急の死を避けるようにしてください」と言った時はもっと驚いた。
総理は復活後の最初のテレビ中継でこう話した。
「つまり、いわば、いわばですね、私が見てきた範囲で言わせていただくと、
これはえーまさに、これはもう、我が国の、その中においてですね、侍の時代からですね、侍ですよ、侍の腹切りの頃からですね、えー、私としてもここははっきり申し上げておきたい。はい。ということでございまして。つまり、極めてですね、いわば不要不急でですね、繰り返しになりますが、えー私としてもここは、ここで大切なことはですよ、えーニッポンの、ニッポンをとりもろすためにですね、不要不急の、えー死をですね、これは、避けるべきだと、はい、こうはっきり申し上げるわけです(以下略)」
総理はゴルフボールが頭に直撃してから数日間、脳死状態にあったため、脳の言語野を司る組織の一部が腐食していた。
後に発言の内容が専門家によって解読されたのだが、いわく、こういうことだった。
「あの世では日本人の自殺が問題になっている。
あの世におわします神は人間一人一人を愛し、慈しんでおられるため、
日本人の自殺率の高さに大変心を痛めておられる。
各国の死者からも『神に頂いた命を自ら捨てるとは何事だ』と非難の嵐であり、
あの世で日本の英霊たちも肩身の狭いを思いをしておられる。
『たかが仕事で疲れたから死ぬなど言語道断』とも仰っている。
であるからして、
不要不急の死はなるべく避けるように。
これは、自殺以外の死も含める。」
最初は気が狂った死にぞこないの老人のたわ言だろうと皆が思った。
だけど、それから数日も経たないうちに、日本の各地でそれを裏付けるように「死ねない」事象が次々と起こり、人々は信じざるを得なくなった。
病院で亡くなった老人が、すぐに息を吹き返した。
交通事故で吹き飛んだ頭が戻っていた。
高層ビルから飛び降りたのに生きていた。
全て日本人だけだった。
日本に住む外国籍の人間はそのまま死んだ。
ただ困ったことに、不死ではあったが不老ではなく、病気やけがも治らなかった。
息を吹き返した老人は寝たきりのままだった。
交通事故にあった人は頭以外が戻っていなかった。
高層ビルで飛び降りた人は体中が複雑骨折していた。
ただ死ぬ瞬間に死なないギリギリの状態に戻されるだけだった。
簡単には死ねないことで、その後は辛い人生を歩み続けることのほうが多かった。
やむを得ず死ぬ際は下記の通りの申請が必要になった。
不要不急に該当せず死ぬ場合は各市町村の役所にて申請を行うこと
●必要なもの
・不要不急死非該当者申請書
・マイナンバーの写し(または免許証などの顔写真付きの個人証明書)
・医師の診断書等、理由を証明できる書類
・予定日
※予定日が「最短」の場合、申請完了後の約2週間程度で許可されます。
この申請を出せば、国の冥界省からあの世に申請が送られ、死ねるというのだ。
確かに死ねないとはいえ、総理大臣の言っていることが全て正しいかは誰にもわからなかった。あの世が在るなどということもにわかには信じがたかった。
だが一度死んでいるため、総理を神のように扱うものも少なくなかった。
ある人は「あいつは悪いことをし過ぎたから天国から追い出されたんだ。これは悪魔の契約なんだ」と言った。そういうことを言うと総理の信仰者たちから不敬罪としてどこかへ連れて行かれた。
確かに、僕たちは呪われたのかもしれない。
まあでも、どちらでも関係なかった。
あの世があっても無くても。神がいてもいなくても。
いずれにせよ、人々は死ねなくなった。
死ぬと周りに非国民呼ばわりされるからだ。
本当に苦しい病気や怪我をしたのであっても、死ねば家族が陰で悪口を言われた。
学校でいじめられて自殺しようとすると「不要不急ではない」と役所に突き返された。
厚労省の発表では自殺の15%の原因が「勤務問題」とされているが、なぜか過労死を防ごうという動きはなく、会社は休みにならず残業は減らなかった。
ただ会社からの「不要不急の死は避けるように」と、「死の申請をする場合は会社の判断を仰ぐこと」との通達があっただけだった。
死ぬ寸前まで行くと死を選ぶ可能性があるため、危険性のあるイベントや乗り物は全て自粛された。
死ねないのに病気にはなるので健康ブームになった。
マスクや納豆、水素水が店頭から無くなった。
ライブハウスに来た90歳の老人がライブ中に心臓発作で亡くなってからは、
「ライブハウスには自殺志願者がたくさん来る」とライブハウスを攻撃する報道がなされた。
海外旅行に行った日本人は「ハラキリサムライ」となじられ、死なないからと言って外国人から日本刀を投げつけられた 。
日本は世界各国から「命を粗末に扱い、神を苦しめた」と非難の的になり、WHOも「天災の原因は日本人の罪である」と発表した。#JAPNEVERDIEのハッシュタグが流行った。その割に日本人の国籍を欲しがる外国人が急増したが、移民を受け入れたがらない為に各国から非難を受けた。
戦争で国籍を奪おうと画策する国もあったが、死なない国民相手に戦争を起こすことの愚かさに気づき誰も手を出せなかった。
死なない日本人の労働生産性はどうなったか。
24時間働き続けても過労死しないのだ。
日本は豊かになるはずだ。
だが、何も変わらなかった。
残業をしないと暮らしていけないので無駄な仕事だけが増え、
痴呆老人でもできる仕事ばかりになり、生産性は悪化した。
ただただ、老人がどんどん増えていった。
それが200年前。僕が小学生だった時の話。
今では皆が知っての通り、日本は世界一の超高齢社会になった。
まあ、もう地球で暮らしている人間は日本人だけだけど。
平均年齢は250歳。老衰も例外ではなかったのだ。
あの頃生きていた多くの日本人がまだ死を選べず生きている。
定年も300歳まで引き上げられた。
しかも10年後死ぬ申請を出さないと年金は受給できない。
老人を老人が支えているので、年金がまだ受給できるのは良かったけどね。
いや、最悪か。
死なないけど年は取るから誰も子供を産めなくなった。
今、小学校は日本に3校しか無いらしい。そういえば子供なんてもう何十年もこの目で見てないな。
街には老人しかいないし、
コンビニに行ってもバイトは老人、
テレビに出ているタレントも老人、
雑誌のグラビアアイドルだって老人だよ。
GDPは目も当てられなくなった。業種の殆どが介護職。
老人が介護の会社で働いているんだ。
なんで仕事なんかしてるのかって?
全部ロボットにやらせればいいのに、みんなお金がないから働いてるんだ。
消費税は75%だし、給与の9割が社会保険料に消えるからね。
ロボットには難しいことをさせて、僕らは単純作業をしている。
体の節々が痛み、もう数え切れない病気を数え切れない数の薬で抑えて、
他の国じゃとっくにロボットが自動でやってるつまらない仕事をするために、
僕は明日も出社する。リモートワークってのが昔あった気もするんだけど、なんだっけそれ。
最近物忘れが激しくてね。この話をするのももう500回目だって?
さすがデイケアのロボット、よく覚えてるね。
それじゃ、もう8時だから。 おやすみ。