「彼は最初こそ、口下手な方でありましたが」
と聞いた瞬間にビールを全て吹き出しそうになった。
友人の結婚式。上司の長い長い乾杯の挨拶での言葉だった。
それは高い高い建物の広い広い披露宴会場の中にあって、
きらきら綺麗な東京のすべてが見渡せるような夜景をバックに、
OSがWindows98からアップデートされていないような価値観のおじさんが、
ビールの泡を皆殺しにするためのメロディを歌っているさなか。
「今あいつの話してるやんな?」
「あいつが口下手?」
「野球部主将で?」
「文化祭の終わりにみんなの中心で肩組んで合唱して?」
「超高学歴大学で合コンを荒らして回ってた?」
「あいつが…口下手?」
ハイスぺ外資系金融の平均コミュ力って恐ろしすぎんな、と俺が笑いかけた友達。
彼と会うのは7年ぶりだった。というか、新郎新婦以外大半が知らない人で、あとはほぼ7年ぶりの同級生だった。
新郎とは小学校から一緒だった。しかし陽キャの王たる彼と陰キャの王たる俺(ガチで言われたことがある)が接点を持つことは殆どなく、高校受験の時に塾の帰りに仲良くなったのがきっかけだった。
彼はコミュ障を極めていた俺の真の面白さを理解できる稀有な存在だった。
俺は彼が「みんな面白いくらい俺の思った通りに動くねんよな。文化祭の時とか俺が肩組も!言ったらすぐ盛り上がって実行委員長とか泣いてたやろ。爆笑したわ」と言うのを聞いてデスノートの月みたいだな(デスノートの連載が始まったのはもう少し後だったが)と思ったし、「でもいろんな人から頼られると疲れるねん」という王ゆえの疲れを感じていることも聞いた。
高校でも俺はぼっちだったし、俺のことはみんなから「陽キャ王としゃべっているよくわからない奴」として認識されていた。だから意外と認知はされていた。
そもそも公立(関西圏の公立に対するイメージは関東圏とは違うらしいが)の進学校には非常に勉強ができ、スポーツもでき、コミュ力も高いという恐ろしい万能人間が結構たくさんいた。俺は落ちこぼれで物理で3点とか取っていたし体育はビリから2番目だったが性格も悪かった。万能な奴らはそんな邪悪な俺にも優しく、だからこそ俺はそんな奴らが嫌だった。自分のことも嫌だった。しかもなぜか物理学科へ行って苦しんだ。
同じ卓についている高校時代の同級生はみんなそういうハイスペック達だった。ていうか医者ばっかりだった。
この場にいる中で俺が一番年収と貯金が少ないことは明白だった。平均の半分もなさそうだった。統計的外れ値である。あそこにいるさっきめちゃくちゃ挨拶失敗して会場を爆笑の渦に巻き込んだ3歳くらいの男の子もたぶん既に俺よりたくさんのお年玉貯金を持っているはずだ。ブルジョアキッズだ。Diorのおむつとか履いてそう。
だから、これは所謂同窓会だった。
しかし俺は自身の成長を自覚していた。
全く・・全くもって、劣等感を感じないのである。
これを進化と呼ぶか退化と呼ぶかは個々人の感性に任せるところだ。
しかし、俺はもう悔しくなかった。
久しぶりに会った彼らと、まるで友達のように楽しく笑って話をした。
感性が死んだのだろうか?プライドが腐りきったのだろうか?
いや、たぶん俺は今、俺の人生は、充実しているのだ。
何も足りていないし、何も為せていない、何者にもなれていない。
金もねえし、地位もねえし、独りだし、バンドは売れてねえ。たまにブレーカーが落ちる。
だが俺はちゃんと自分の時間を生きている。
高校生の頃、何をしていいかわからなくて、映画を観て、本を読んで、自分が何をしたくて何になりたくて何の意味があるのかずっと考えていた。
周りの目が気になった。
今、俺は彼らとようやく同じ目線に立てている気がした。
みんな、良い意味で他人に興味がなかったのだ。
自分のことに夢中で、だから彼らはキラキラしていたし、俺はそれが悔しかった。
だけど、彼らと話すのに何かを得る必要などなかった。
俺はただ話せばよかったのだ。今日みたいに。
式の終盤、でかいクリームブリュレが出てきた。
「これなんや?東京のケーキってこういうのなん?」
これはクリームブリュレのでかいやつじゃないかな、そう言うと「お前なんか見た目、青汁王子みたいになったな。社長とかやってるやろ?」と言われた。
二次会も行った。なんかエロい照明のエロいバーで披露宴にいなかったエロい感じの人たちがなんかわちゃわちゃ話していた。
テラスみたいなところに出て俺は彼らと今の話をたくさんした。
仕事の話をした。関西のスラム街で医者をやっている友達の話を聞いた。保険証がない患者、住所もない患者、あまりに放置し過ぎて手の施しようがなくなってから来るバイオハザードみたいな患者…。凄すぎてもはや笑ってしまう話を聞いた。最近人生で初めて彼女が出来たやつがいたので皆が寄ってたかってアドバイスをしていた。
俺が彼らと対等に話したかったように、彼らも俺に興味があったのかもしれない、と思った。そして、俺は忘れていただけで実はいっぱい話していたのかもしれないと思った。俺の中の記憶よりも、俺は昔、わりと楽しかったのかもしれない。
帰り際、また地元帰ったら飲もうぜと連絡先を交換した。
次の同窓会は出てやっても良いなと思った。しかし次の同窓会は4年後、俺は37になる。
俺が…、37ね…。
↓↓かっこいいアラフォーの人たちがたくさん出るライブがあります。
よくわかんなかったらTwitterのDMで聞いてください。もうコミュ障じゃないんで。