たぺログ

Emily likes tennisという日本のバンドのドラマーが描く人間賛歌的なブログ

葉桜の季節に職を転じるということ

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同期達と会うのは1年ぶりだった。

 

僕らも会社に入ったばかりの頃は研修などでは同じ課題に取り組み、不毛なディスカッションをし、社食に移動してまた一緒に話しながらパサパサの昼食をとった。

研修が終わってからも金曜日には毎週のように小便臭い街へ、酒を飲みに繰り出したものだった。

 

しかし従業員が巣の中のアリのように数千人もひしめきあっている大企業では、たとえ同じ建物で働いているとは言ってもすれ違うことすら稀だ。

ましてや、いわゆる”ブラック部署”に配属された同期や、別の事業所に配属になってしまった同期などはそんな機会すらも無かった。

 

地位や給与は変わらず仕事の量と責任ばかりが増え、

何の展望も見えず働かされる日々。

いつしか僕らが顔を合わせるのはこうして誰かが転職する時のお別れ会だけになってしまった。

 

集まった顔ぶれを見渡す。最初の頃にいた10数人の同期も多くは転職で遠くへ行ってしまい、今夜集まったのは7人だった。

それでも、近場で働いている同期などは何とか仕事を切り上げて、久しぶりに会いに来てくれた。彼も懐かしい仲間の顔が見たかったのだ。嬉しかった。

皆忙しくても、あの入社した頃の楽しかった日々を覚えているのだろう。

 

「研修の頃は楽だったよな〜」

同期で集まると、出会い・結婚・子供・転職先の近況から、今の仕事の不満、そして最後はいつも研修の話になる。配属してからの仕事はみんなバラバラだ。だから僕らの共通の思い出は、結局は入社した頃の研修だけだった。

「あんな仕事と関係ない課題で社員と変わらない給料がもらえていたんだからね」

「今思えば、ほんとに時間の無駄だったよな」

 

研修所は会社と別の場所にあって、まるで遠足に行くみたいなバスに乗って、遠足みたいに見事な桜が咲いている木の間を走って向かう山の上にあった。

研修の内容は本当に下らなくて、あなたの働き方のビジョンをクレヨンで描きましょうとか、厚紙で箱を作り続ける作業を効率化するとか、そういう種類の地獄がありそうだなと思った。

「学生気分を捨てなさい」という割にやらされることは大学生の頃より低レベルで、ああこれが現場と役員の温度差なのかなと思った。

 

だけどそれでも…

あの頃、この同期たちで一緒に頑張ったことが、今の、何年経ってもあの頃みたいに話せる関係に繋がっているなら、

無駄じゃないんじゃないか。

そう思ったけど恥ずかしくて言わなかった。

 

「しかし、T君、仕事が決まってよかったな」

「いや〜ありがとう。まあ次もここと変わらないしんどさだと思うけどね」

「それでも仕事しながら面接受けるのは大変だし、給与も上がるんでしょ」

「すごいよ」

 

『新卒の同期は特別だ』

と聞いたことがあった。

初めて聞いたときは鼻で笑ったが、今では少しわかる気がした。

きっと次の会社ではこんな出会いは無いだろう。

 

大学の時にもいたような、ゲームばかりしていたようなやつ、ロボコン大会に出ていたようなやつ、大学の頃は話もしなかったような運動部のやつ、テニサーにいたやつ、FXで稼いだ金でクラブばかり行っていたようなやつ、みんな全然違う人たちばかりなのに今は普通に話ができる。

 それは全員が、自分と同じタイミングで不安と期待を入り混じらせて入社した、同じ気持ちを持っていた仲間だったからだ。

 

「そうかもね、だけど今までがんばったのはT君自身だよ」

「だからきっとT君ならやっていけるよ、俺達がいなくても」

「そうそう、がんばれるって」

ふと顔を上げると、みんなの顔がぼやけていた。

あれ、飲みすぎて目が霞んでちゃったよ。

そう話しかけようとして、

そういえば皆がなんて名前だったか思い出せなかった。

心地よい風がどこからか吹いていた。

 

 

目を覚ますと白い壁、白い天井、白いシーツがあって、いつもの病室だった。

この夢を見るのも何度目だろうか。僕は冷静だった。

記憶を手繰り寄せる。

 

最初に目を覚ました時に、医者が説明してくれた。

君は研修所に向かうバスに乗っていて、事故に遭ったんだ。

それから4年間と少し、君は眠っていた、と。

つまり、僕は働いてる夢をずっと見ていたんですね。

僕はそう言ったんだ。

 

腑に落ちた気がした。僕なんかが働ける訳が無いと思っていたから。

 

母さんが花瓶の水を替えていた。

「ねえ、そういえば同期も同じ病院に入院しているの?」

母さんは不思議そうに答えた。

「同期?何の話をしているの?

内定が出たときに、Tが電話で教えてくれたのよ。

T以外の内定者は全員内定を蹴ったらしいって。今年の新入社員は僕一人なんだって。」

 

呼吸が浅くなる。

僕は不意に窓の方を見た。窓の外には満開の桜が咲いていた。

 

 

 

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転職は本当に決まりました。秘かに応援してくれた方々、ありがとうございます。

ただ、今よりブラックという説があります。

 

 

Emily likes tennisというバンドをやっていて、次のライブはこれです。

THIS IS JAPANのコンピに入れてもらえて、ライブまで呼んでもらってます。

アメリカのカー」という曲が特に好きです。

 

 

2019/12/22(日)

THIS IS JAPAN レコ発 NOT FORMAL Vol.10

下北沢BASEMENT BAR/THREE (東京都)

 

[共演]aoni / 1980YEN /  The Whoops / SEAPOOL / 逃亡くそタわけ / FRSKID / 奮酉 / Bearwear / 勃発 / 揺らぎ / RiL / ROKI / 他

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2019/11/16(土) 10:00~ に
↓こちらで先行受付されるみたいなのでどうぞ

http://w.pia.jp/t/notformal

 

 

今回のブログのタイトルはこれのパロディです。このミス最優秀賞だったやつ。

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)