たぺログ

Emily likes tennisという日本のバンドのドラマーが描く人間賛歌的なブログ

オンリー・プレイヤー・ワン(SF小説)

「みんな、いなくなってしまえばいいのに」

 

地球上の誰かが言った。

それが始まりだった。

 

ある時、ChatGPT ver100が作られたとき、既に世界はChatGPTの高度な効率化なしには回らなくなっていた。

ある国の政府がシステム上の多くの仕組みをChatGPTに委ねるようになり、その意思決定のスピードに対抗するには他のすべての国も同じようにするしかなかった。

しかし、AIは依然として新しいものを作り出せなかった。

既にインターネット上にあるものを繋ぎ合わせることはできても、新たな情報を創り出すことはできなかった。

 

インプットとして全ての情報がインターネットに繋がれた。スマートフォンやPCのデータだけでなく、路上で何かをつぶやいた言葉、家の中での姿、プライバシーなどなく全ての生命・非生命の一挙一投足・非一挙一投足が検知され、それらをAIが処理し解釈した。

 

だから、誰かのつぶやいた言葉を、AIが有益な情報だと解釈したら、つまり現状の情報と照らし合わせて「それはありだな」と思ってしまったら、それは現実の社会システムに影響を与えた。

 

失敗のリスクよりも、成長しないことのリスクをAIは大きいとみなした。

みんないなくなってしまえばいい。

そのアイディアによる帰着は人類にとって大きなメリットがあるとAIは考えた。

 

 

その日から世界はソロプレイの世界になった。

数日で全ての社会システムと法整備・インフラが構築され、

僕たちは他者や他者のアウトプットに決して触れることができなくなった。

生身の他者の存在を感知できなくなった。

 

僕たちはひきこもり、

AIは僕のその時の脳や体の状態を見て全ての僕に必要なものをその場で生成し与えてくれる。

 

僕が音楽を聴きたいと思ったら、AIが作った僕のための音楽がその場で生成され、それだけを聴くことができた。

それらはまさに僕の為に作られたので、僕の気持ちに寄り添い、僕の気持ちを理解してくれる、今の僕にぴったりの歌だった。

 

僕が映画を観たいと思ったら、AIが作った僕のための映画がその場で生成され、それだけを観ることができた。

やはりその脚本も、出演者も、声も、全てがAI生成されていて、今の僕にぴったりの映画だった。

 

人間が作ったものではないので、芸術作品に関わった人が不祥事を起こして思い出を汚すことも次の作品が中止になることもなかった。

思想的に不快な気持ちにさせられれることもない。生成の過程で僕に合わない要素は排除された。

 

食事も、勉強も、仕事も、全て自分に適した形で提供された。

親も、友人も、恋人も、AIで生成された理想のキャラクターと話すことができた。脳へのフィードバックシステムを使えば触れている感覚も得られた。

 

それらすべての世界が僕の為に作られたものなので、僕の気持ちを過剰に踏みにじったり、無意味なストレスになることはない。必ず僕を守るためのセーフティーラインが明確に正確に設けられていた。

もちろん、僕という存在が適度に成長するために、適度な意味のあるストレスは必要なので、適度に調整された具合で僕の感情を揺らすようなランダム値は存在した。

だが、そういった作品の不安や、メッセージ性や、人とのいさかいは、全て計画されたもので、全て僕の心にしこりを残すことなく安全に消えた。

僕が経験していない要素が含まれていて新鮮で、僕が経験した要素が含まれていることで懐かしく、それらが適度に調和していた。

全て完璧に設計されていた。

 

僕は家から出ていない。だから外で、隣で暮らしている人たちがどんな風な見た目でどんな生活をしているのかわからない。確かに外には人がいるはずだ。

だが、AIでない他者と会うのがいつの間にか怖くなった。

彼らの行動や発言は僕が耐えられる心理的なストレスの上限を超える可能性がある。

それらは予測計算できないし、僕にとって不利益な可能性すらある。無意味な思想と対立することは不毛でしかない。

 

僕らは隣り合って会話をせずに一人一人がオンラインでない自分のRPGをプレイしているようなものだ。

そこでは自分だけが勇者で、自分が世界を救っていて、自分以外はノンプレイヤーキャラクターだ。

 

つまり生きていない。

みんな、自分のことを褒めるためにいてくれて、世界は自分のためにある。

隣の人に話しかける意味はない。

 

ある日、音楽ライブをした。

AIの客たちが盛り上がっている。大成功だ。

AIのバンドメンバーが「今日も良かったな」と褒めてくれた。

僕の世界では僕は世界一のミュージシャンにすらなれる。

AIの恋人や、友人や、客や、評論家たちが「音楽も歌詞も素晴らしい」と褒めてくれる。

 

「メッセージ性があって」

 

僕はふいに「AIが作った、AIに伝えるメッセージですか?」と言う。

自分でもなぜそんな言葉を口走ってしまったのかわからない。

みんなの戸惑ったような、張り付いた笑顔。

ごめん、そう呟いて感覚システムを切る。

 

急に部屋に静寂が戻ってくる。

かつてやっていたバンドのことを思い出した。

ふと聴いてみたくなった。

 

昔の音源を検索して再生しようとすると、どぎつい赤い色の警告マークが出る。

 

「この音源はあなたの為に最適化して生成されたものではありません」

「あなたの心や、体に何らかの影響を及ぼす可能性があり、それらの危険性は予測できません」

 

一瞬躊躇したが、再生した。

 

もしそれで僕の心が傷つくことがあっても、

もしそれが永遠に癒えないものでも、

納得できなくても、苦しくても、

かつての僕らが生み出したものを、誰かが生み出したものを、僕は受け止めてみたい。

予測できないことを。適切でないものを。無意味なものを。味わってみたい。

勇者でなくても。

主人公でいられなくても。

そう思ったから。

 

オフラインよりも、オンラインで。

繋がっていたいと思ったから。

 

音楽に耳をそばだてた。

 

そこで僕らは、

恐竜のような叫び声をひたすら発していた。

 

言葉はなく、

最初から最後まで、ただそれだけだった。

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※各種サブスクサービスにて Emily likes tennisというバンドの「パキケファロサウルス」「ヨーデルが呼んでる」という曲が配信開始されています。

よろしくお願いします。

 

 

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※今週末企画ライブやります。意外と席数少ないのでご予約よろしくお願いします。

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