米。
米は糖だ。
糖は中毒性の高い麻薬だ。
俺は今それを食べている。
大学時代の先輩がいる。先輩なので失礼な言い方は避けるが、彼は会社員になって数年で20キロ弱成長した。元々はむしろ痩せ型だったのに、気付いたら凄いことになっていて驚いた。絶頂期だった頃はライブハウスで両手でクリームパンを食べているのを見て、食いしん坊だなあ、と思ったら片方は指だったということもあった。
なぜそんな短い期間で大きくなれるのか、俺は気になった。たぶん本にしたら若い力士見習いの人たちが買いまくるだろうと思った。それで聞いてみたら、「ストレスで晩御飯を二回食べちゃう」と言うのである。確かに先輩の話を聞く限り、かなりのブラック企業に勤めているのだということはわかっていた。
しかし、「会社帰りに家の近所のコンビニで弁当を2個買って、家に着いて初めて、会社の近くの牛丼屋で既に晩飯を食ったことを思い出す」などと先輩はとんでもないことを言い始めた。
俺は、この人マジでやばいんじゃないか、と思った。最初は冗談だと思ったのだが、そのあとにつけ麺屋に一緒に行った時に、先輩が頼んだ大盛りがカウンターに置かれたのを見てから「あ、俺、晩飯食ってたわ」と寂しそうに笑った時にこれはガチもんだとわかった。
彼は巷で、エンリケ後悔王子と呼ばれている。
当時の俺は大学院生で、性格が最悪の教授の元での研究、治安最悪の深夜バイト、ねずみと痴呆老人が襲ってくるあばら家のMUGEN地獄を往復する生活をしていたのでまあまあストレスフルだった。しかし、先輩のようにストレスのあまり過食になるようなことはなかった。
俺はそっち側の人間じゃないからだ。
俺はストレスに負けるような人間じゃない。
高校の時、パワハラ教師が顧問で嫌だった部活もちゃんと辞めた。
嫌いな人間とはちゃんと距離を取れる。
無理なことはちゃんと無理と言える。
そして、正しいストレス解消の仕方を知っているのだ。寝る、など。
過食なんてしない。俺は炭水化物の奴隷ではない。
自立した大人なんだ。就職したって変わらないだろう。ホワイト企業っぽいし。そう思った。
そして、今、家で米をもりもり食っている自分に気付いて愕然とする。
俺は、今日、残業をしながら、会社のコンビニでカツ丼を食い、帰りにモスバーガーでロースカツバーガーを食った。
その挙句に米にふりかけをかけている。
口の中に米が入るたびに脳内でハッピー物質が弾けるのがわかる。ニューロンが発火を繰り返す。
俺の中で原始の猿が喚いている。もっと喰え、と。
声が聞こえた。
それは味では無かった。辛(から)さ、は味ではなく、痛み、刺激であると言われている。脂もまた、味では定義できない化学的刺激があるのだと読んだことがある。それは、脳にダイレクトに届く刺激、音も文字もなく語りかけてくる言葉だった。これまで語り継がれてきた米の言葉、生命の情報、それは遺伝子そのものなのかもしれない(精米されてるけど)。それ自体が俺に神経細胞の成長を促した。
米との対話は終わることがなかった。
俺が終わらせなかった。
今年の年始、実家に帰った時に同窓会の流れで「あの時部活パッと辞めといて良かったわ」と話したら、母に「え?何言うてんの、あんた何回説得しても辞めへんって言うとって最後にやっと辞めれたんやで、忘れたん?」と言われた。
俺の中で信じていた自己像が簡単に崩れた。
ああダメだ、俺は結局自分で思うより弱い人間だったんだ。
ストレスを感じても、問題を解決せず、一歩も踏み出せず、
ただただ米に逃げる、そういうやつだったんだ。
良いんだ、明日筋トレするから、チャラにするから…。
俺は新たな冷凍米をチンする。
ほかほかの米に塩をふった。
俺は対話の席に海を加えた。
あとでアイスクリームも食べる。
牛も友達に入れよう。
明日の長い残業のことは、今だけは忘れよう。
ふと顎の下を触ると、今までに感じたことのない、柔らかな感触があった。
次のライブ
個人的にも見たいやつ色々あり楽しみ